女子フィギュアスケーター・安藤美姫(25)が衝撃の出産告白をしたことについて、2013年7月4日発売の「週刊文春」と「週刊新潮」が、それぞれ異なる“父親説”を展開している。
一方で7月5日発売の「フライデー」によると、“父親候補”とされるフィギュアスケーター・南里康晴(27)が、自分は(安藤の娘の)父親ではないと明かしたようで…?
(以下引用)
まず、文春の記事によると、安藤とモロゾフ氏の恋人関係は11年の夏に破局し、翌年には師弟関係も解消されたという。2人の恋人関係が破局した11年9月に、「女性セブン」(小学館)が安藤と南里が表参道で手つなぎデートをしていたと報道。それ以来、安藤の本命彼氏とされ、今年5月には「フライデー」(講談社)が2人の同棲を報じたばかりだという。
そこで南里父親説を唱えているわけだが、2人が結婚に踏み切らない理由として、南里の経済力をあげている。南里は福岡県出身のイケメンスケーターで、福岡の明太子メーカー「ふくや」所属だったことから「明太王子」の愛称で知られ、11年にプロに転向して以降はアイスショーに出演。
しかし1回数万円程度しかギャラの出ないアイスショーでは食べていくことができず、都内の居酒屋でアルバイトをしているという。こうした経済力のなさが、2人の子どもが生まれても入籍できず、ゆえに父親だと表明できない理由だとしている。
(引用元:ビジネスジャーナル)
安藤が7月1日放送の「報道ステーション」(テレビ朝日系)で、4月に女児を出産していたとの衝撃告白をし、世間をアッといわせた。
だがまだ入籍はしておらず、父親の名前も明かさなかったため、メディアは連日、子どもの父親探しに奔走している。
そんななか、“南里父親説”を唱えたのが2013年7月4日発売の「週刊文春」。
安藤は2009年9月14日発売の「週刊ポスト」にニコライ・モロゾフ氏との同棲が報じられるなど“結婚秒読み”ともささやかれてきたが、2011年9月1日発売の「女性セブン」に南里との“手つなぎデート”を報じられ、モロゾフとは破局したとみられていた。
安藤は南里とのデート報道前に行われた世界選手権(ロシア・モスクワ、2011年4月)でライバルのキム・ヨナ、浅田真央らを抑えて優勝するなど、2010-2011シーズンは6戦5勝と圧倒的な強さを誇った。
だが南里とのデート報道(2011年9月)後に行われた「ジャパン・オープン」(2011年10月1日)では7つのジャンプを全て失敗するなど精彩を欠き、最下位に沈んだほど(安藤は、その後の2011-2012シーズンの試合をすべて欠場)。
2011年4月までは絶好調だった安藤が、2011年10月以降に不振に陥りシーズンを欠場せざるをえないほどだったということは、その間に公私ともに信頼を寄せていたとされるモロゾフ氏との関係が不安定なものになっていた可能性もある。
その傷を癒したのが2011年9月にデートを報じられた南里だったのかもしれないが、そんななかモロゾフ氏は2011年10月27日発売の「週刊文春」のインタビューで“コーチと教え子の熱愛”の真偽について答えた。
モロゾフ氏は、安藤との熱愛について「僕と彼女はロマンティックな恋人関係だったことはありませんよ。僕たちはあくまでコーチと教え子でした」と完全否定した(情報元:メンズサイゾー)。
(※モロゾフ氏は熱愛を否定)
もし2人が実際に熱愛関係にあったのだとすれば安藤の胸中も穏やかではないはずだが、マスコミもこの手の話題にはうるさいだけに、モロゾフ氏もこの時点ではできるだけ余計なことを言わないよう配慮した可能性もある。
ちなみにモロゾフ氏は2012年10月26日発売の「フライデー」のインタビューでは「私たちは恋愛関係にありました」と安藤と恋愛関係にあったことや、「真剣に、具体的に、彼女と結婚することを考えていた」ことを明かしたうえで、2011年夏に「あなたとは、もう関係を続けたくない」と別れを切り出されたと衝撃の告白をしていた(情報元:井上公造芸能)。
(※やっぱり付き合ってたってこと?)
いずれにしても、時間の経過とともに安藤とモロゾフ氏との破局説が強まっていくなかで、2013年5月17日発売の「フライデー」に安藤と南里の同棲が報じられた。
このマンションには安藤の母親も同居中だそうで、まさに“母親公認の同棲愛”だという。
こうしてみてくると安藤の愛娘の父親は南里であると考えるのが自然だが、逆にモロゾフ氏が父親であるとの見方をしているのが「週刊新潮」で…?
(以下引用)
こうしたことから新潮も南里父親説かと思いきや、「女性セブン」や「フライデー」で南里との交際が報じられたにもかかわらず、父親として南里の名前を公表しないのは合理的な説明がつかないとしている。
そこで再度名前が上がったのが、モロゾフ氏。モロゾフ氏周辺の関係者によれば「去年の8月ごろ、普段は寡黙なモロゾフが珍しく取り乱し、“ミキに子供ができたんだ。中絶してくれと頼んだのに、全然聞いてくれないんだよ”と困り果てていると聞きました」と言う。
さらに、モロゾフが安藤に最後に会ったのは昨年6月で、この時に関係を持ったとすれば、出産時期からいって理に適うとしている。
(引用元:ビジネスジャーナル)
「週刊新潮」は、もし交際中とされる南里が父親ならばそれを隠す方に違和感があるとし、“モロゾフ父親説”を唱えている。
同誌には、安藤の妊娠を知ったモロゾフ氏が中絶を迫ったとの話(モロゾフ氏周辺の関係者談)も紹介されており、これが事実なら安藤がモロゾフ氏の子どもを身ごもっていた可能性は高くなる。
また7月2日の各報道によると、安藤は愛娘に「ひまわり」と命名したそうだが、ひまわりはモロゾフ氏の母国・ロシアの国花の一つでもあるだけに何とも意味深である。
そんななか、7月6日発売の「フライデー」が南里を直撃取材した。同誌によると、南里は自分が(安藤の娘の)父親ではないと明言したうえで、父親が誰であるかも知っているという(誰かは明かさず)。
また安藤とは同じマンションに住んでいるが、付き合っているわけではなく、安藤の赤ちゃんの顔も見たことはないとか(同棲ではなく、別の部屋に住んでいるということかも)。
もしこれが事実だとすれば衝撃で、安藤と南里が交際していないのなら、安藤とモロゾフ氏が最後に会ったという2012年6月頃に仮に2人が男女の関係を持ち、安藤が妊娠したとしても不自然な話ではない(安藤が二股をかけていたという線も消える)。
とすれば“南里父親説”の可能性は極めて低くなるのだが。
そうなってくると、やはり(安藤の娘の)父親はモロゾフ氏なのだろうか。はたまた別の人物なのだろうか。
おそらくソチ五輪に向け、母親として再起を図ることになるミキティの周辺に、いま俄然注目が集まっている。
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