3代目市川猿之助(71)と女優・浜木綿子(75)の長男で俳優の香川照之(45)が、2012年6月に行われる「六月大歌舞伎」で9代目市川中車(ちゅうしゃ)を襲名し、歌舞伎俳優としてデビューすることが、9月27日に発表された。
猿之助と香川は40余年にわたり断絶状態だっただけに、周囲から見ればまさに青天の霹靂。
そんな父子の関係を修復させた人物とは…?
(以下引用)
香川はスーパー歌舞伎で知られる市川猿之助(71)の息子だが、生まれてすぐに両親は別居。母親の浜木綿子(75)と暮らし、猿之助とは絶縁状態だった。
5歳で父の楽屋を訪れたときも、「あなたは息子ではない」「二度と会うことはない」と突き放されたという。本人が雑誌で告白している。
それが突然、2人そろって会見し、沢(おも)潟(だか)屋(や)として舞台に立つというのだからビックリだ。
「父と子の関係を修復させたのは、2年前に亡くなった藤間紫です。長年、猿之助を支え、00年に正式に入籍した舞踊家。香川に長男政明が生まれた04年ごろ、2人が会う機会を設けて、空白の時間を埋める手助けをした。そこから少しずつ、父・子・孫で過ごす時間が増えていったのです」(芸能関係者)
(引用元:ゲンダイ)
香川照之の歌舞伎デビューと、香川&市川猿之助の父子45年ぶりの和解という、2つのサプライズが明らかになった9月27日の会見。
まず前者だが、歌舞伎役者はだいたい3歳くらいで初舞台を踏むから、香川のように俳優としてデビュー後、歌舞伎界に入るのは極めて異例といえる。
今後は俳優の仕事では「香川照之」、歌舞伎では「市川中車」と名乗るようだ。
では香川は今回なぜ、歌舞伎役者に挑戦する道を選んだのだろう。
その背景にあるのが、40余年に渡り続いてきたという父子の断絶関係だ。
父・猿之助は、1968年に日本舞踊家・藤間紫さん(2009年1月没)とW不倫に走り、香川が1歳の時に家を出て、3歳のころに母・浜と離婚したという(情報元:デイリースポーツ)。
それ以来、香川は浜に育てられることになり、父とは絶縁状態となった。
だが息子を芸の世界から遠ざけたかった母の意に反して、香川は東大卒業後に俳優の道を選んだ(情報元:ZAKZAK)。
そして香川が25歳の時に母に内緒で猿之助の楽屋に押しかけたそうだが、この時父からは「今の私とあなたは何の関係もない」と言い放たれたとか(情報元:デイリースポーツ)。
それ以来再び交流は途絶えたようだが、2004年に香川に長男・政明が誕生したことが転機となったようだ。
9月27日の会見で香川は「息子に父も祖父も曽祖父の名前にもついている『政』の字を付けたのは、この日のためでございます」と言い切り、140年に渡って続いている名跡を守っていきたいという強い思いがあったことを明かしたそう(情報元:中日スポーツ、朝日新聞)。
そんな香川の並々ならぬ思いを察してか、猿之助と会う機会を設けていたのが藤間さんだったという。
藤間さんはすでに亡くなったが、葬儀(2009年)には香川も親族として参列したそうだ(情報元:ウィキペディア)。
こうして香川と猿之助は和解し、この春から同居を始めたというが、それぞれ浜木綿子への感謝も忘れてはいない。
会見で猿之助は「浜さんありがとう、恩讐(おんしゅう)の彼方にありがとう」と声を振り絞り、香川も涙を浮かべながら「お母さん、ありがとう」と頭を下げたという(情報元:スポーツ報知)。
8か月後、香川が名門の一員としてどのようなデビューを飾るのか、大きな注目を集めそう。
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